ソーシャル・インパクト・ボンド研究会 まとめと展望

研究会座長 田口 晃(NPO推進北海道会議代表理事)

20世紀末から世界中で社会全体の運営が政治社会(政府、行政)、経済社会(企業、小経営)、市民社会(NPO)の三つ巴で行われるようになり、共同と競合がさまざまな形で展開している。政治社会即ち政府・行政は財政難と行政ニーズの多様化にどう対処するか、頭を悩ませている。経済社会では「限界コストゼロ社会」(J.Rifkin)の傾向の中、カネ余り低収益を背景に金融商品の多様化など資金調達の方法の開発が著しい。そこに金銭リターンに加えて社会的リターンにも関心を持つ投資家層もあらわれてきた。また市民社会では様々な社会活動も資金難を解消するために、活動を広く理解してもらう手法として成果の客観化を試みてきた。つまり3社会の間のお金のまわり方にも種々工夫が凝らされてきたのである。

そうした中で、今回我々が研究テーマとして取り上げたのはSIB(Social Impact Bond)「社会的インパクト投資」という技法とそれにまつわる様々なアイディアであった。これは、イギリス、アメリカ発のアイディアで、非営利市民の社会活動に対し、政府・行政が中間に立って民間資金を調達する手法のひとつである。初期1980年代のPFIという民間資金活用法と比べ、「社会的インパクト」(活動のもたらす社会的効果、それを様々な方法や基準でできるだけ客観化する)を指標として打ち出している点で、投資家、行政双方にアピールし、市民活動グループにも活動の透明化・効率化をもたらすことが期待されている。
 
本研究会では、SIBとそれに関連する分野で、研究と活動を続けてこられた3人の講師を招いて、北海道で活動するNPOのうち、将来SIBと係わりそうな団体の代表(ホームレスの就労に携わる「ベトサダ」と児童の学習支援を行う「Kacotam」、ならびに「北海道NPOバンク」、「北のNPO基金」)それと金融機関(「日本政策金融公庫」、「北海道労働金庫」)の方々ならびに一般参加者」に対し講演をお願いし、討議に加わっていただいた。
そこで以下の点が明らかになった。まず実態である。2013年以来イギリス発で「社会的インパクト投資」が世界に広まりつつあり(ただし、アングロサクソン圏それとオランダに多い)、日本でも2014年以降政府が動き出している。対象分野は貧困家庭支援、再犯防止、若者の教育・就労支援、などに集中している。「社会的インパクト投資」の一部であるSIBに関しては、非常に限られた事例にしか適用されていない(イギリスでも社会的資金と呼ばれる分野の1%にすぎない)。

日本では2015年以降、ヘルスケア、認知症予防、特別養子縁組推進、若者就労支援の分野でパイロット事業として「社会的インパクト投資」的な試みが始められ、その他SIB的なアイディアを利用した実験的な試みも各地で始まっている。さらに、経済産業省主導のもと、健康寿命延伸の分野で、成果連動型かつ複数年度契約による本格的SIBが複数自治体で近年中に導入される見込みとのことである。

ついで、問題点として、対象分野が非常に限定されること、行政コストの削減につながるか不確かであること、リスクを負う主体が曖昧であること、評価指標が複雑すぎることなどが指摘された。

確かに「社会的インパクト債」SIBだけを見るとそうした問題点は残る。しかし政治・行政、金融、非営利市民活動全体の関係を考える場合、資金利用の面でも「社会的インパクト」という捉え方に着目することはますます重要になるであろう。行政が税収減の中で市民・住民のニーズのますますの多様化に対応するためには、税以外に多様な資金利用の方法を考える必要が出てくるはずである。金融機関も融資対象拡大に向けて社会的投資というものを投資家に説明する必要は増すであろうし、種々の基金も社会的リターンを視野に入れることがますます重要になろう。NPOなどの非営利市民活動にとっては、活動内容を広く理解してもらうために、評価基準の客観化という社会的インパクトのアイディアは不可欠になってくる。そこに、北海道や札幌市等の行政側と金融機関、NPOが抱える三者三様の課題を、三者間で検討協議する機会を設ければ、「社会的インパクト」とそのための手法の開発をめぐって議論と実践が展開され、3社会にまたがる活動が生まれる。

その際、SIBという一つの枠組みにこだわるのではなく、様々な「社会的インパクト」的な枠組み、手法を種々の課題ごとに検討するのが生産的であろう。例えば、比較的成果指標になじみやすい予防医学の分野でも、必ずしも評価が易しくない孤独老人の見守り等を行うNPOに対し、行政がどのような評価基準を用いるのか、それを成果連動型助成にするとしたら、どのような金融手法と結びつけたらよいか、など検討し、試行すべき課題は私たちも周りに、いろいろ多い。そこに行政だけでなく、金融関係者と非営利市民活動が加わって事業を進めるようになれば、新たな地域活性化が引き起こされること、必定であろう。

(事務局より)
SIB研究会は3月末で第1期を終えますが、来年度第2期を開催する意向です。
お問合せは、NPO法人NPO推進北海道会議(TEL 011-200-0973 Mail info@hnposc.net)までお願いします。
※今年度は北海道新聞社会福祉振興基金の助成を受けて実施しました。

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